相談室長のエッセイ集

ソウルフード

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ソウルフード盛岡

 

JRの広告で盛岡のソウルフードはじゃじゃ麺だと女優の吉永小百合がじゃじゃ麺を食べている映像を流していた。

最近は福田パンが岩手のソウルフードと誰かが言い始めた。テレビ番組のせいだろうか。

 

福田パンは高校時代から食べているが、昔はもっと大きくて一個食べ切れなかったような気がする。10年以上も前になるが、あんバターパンが一個1000キロカロリー以上あると知り、手が出せなくなった。

 

盛岡に住んで半世紀、じゃじゃ麺を初めて食べたのは10年ほど前になる。食べ物でチャレンジするのは貧乏性の故か、口に合わなかったらもったいないと言う気持ちが強くて、じゃじゃ麺には手が伸びなかった。写真で見る限り、うどんに肉味噌ときゅうりがのってるだけで食欲をそそられるものでもなかった。

 

あるとき、子どもと喧嘩をして家出をしたことがあった。市内のホテルに泊まり、時間に追われずにぶらり歩きをした。そして気分転換に初めてチャレンジしたのだった。

う~ん、一度食べただけでは、じゃじゃ麺の美味しさはわからないと言うが、一度だけだったのでよくわからない。でも、又食べてみたい気持ちを覚える、そこはかとない懐かしさを感じる食べ物だ。初めて食べて、凄く美味しいと言う人は少数のような気がする。

 

偏食の母は岩手日報に勤務していた兄を会社に訪ねて、その時、じゃじゃ麺を初めて食べたそうだ。偏食家の母の口には、にんにくの味が合わなかったようだ。

伯父は会社の近くなので、始終じゃじゃ麺を食べ、その美味しさを田舎暮らしの妹に味合わせたかったのだと思う。同じ兄弟でも、食の好みは全く違うのだと思ったものだ。

 

ソウルフードとは、アメリカの黒人労働者の食生活から発祥した伝統食の総称ということだ。ちゃんと調べて書けばよいのだが、奴隷としてアフリカからアメリカにつれてこられた黒人が過酷な労働の中で単品で安くてカロリーが高い食べ物を作り、その伝統食を総称してソウルフードと言うらしい。

じゃじゃ麺が労働者の腹を満たすための食べ物としたら、その通りだろう。量も色々あって、安価でお腹がいっぱいになる食べ物だ。

 

最近自分の中のソウルフードを考えたら、山菜の煮物の様な気がする。この季節は蕨やふきが全盛期で、子どもの頃から山菜の煮物が卓上にあった。子どものときは、煮物に入っているちくわやさつま揚げばかり食べていた。中年以降、山菜の美味しさに気がついた。さらに、体に優しいソウルフードは温か素麺だ。風邪を引いたときなど、温かい汁で煮た素麺は、食欲がなくても食べられる。具は少し元気なら油揚げを入れるが、そうじゃない時は溶き卵にネギを少し。癌で亡くなった妹が最期に口に入れてくれたのが、そのにゅうめんだった。亡くなった家族のことを、食べ物によって度々思い出す。それでいて、命日は少しずつ忘れかけている。ソウルフードは私の場合、心と体に優しい食べ物だ。

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