相談室長のエッセイ集

たくあん漬け

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明け方、妹の夢を見た。本当に久しぶりに妹が夢に出てきてくれた。夢の中でも妹は病気のようで、二人で商人宿のような所に泊まっていた。映画で寅さんが泊まるような実用的な宿だ。夢にはストーリーがあったが目覚めて覚えているのは連続性のない場面だ。妹は何故か軽トラックを持っていた。近くの駐車場に止めてあったのだが、私は妹のために車を動かそうとするのだが車のキーが見つからないのだ。疲れたような顔で車に近づいてくる妹にキーはどこにあるのか聞いていて、場面は変わる。

ふっと目覚めた朝は、今にも雨が降りそうな曇り空。休日で、今日は何をしようと考えて、久しぶりに産直で野菜を買い込んでおこうと思い立った。秋野菜もそろそろ終わりだろう。何かしらいいモノを変えたらいいなと思ったら、なんと沢山の干し大根が並んでいた。沢庵漬けの季節なのだと思い出した。

父が存命中は家庭菜園が父の趣味だったので、大根も100本近く収穫した。父と息子は大根を掘り、母と私は大根を洗った。それを束ねて干して、沢庵漬けを作るのが毎年の恒例行事だった。妹の旦那さんも沢庵漬けが好物で父は妹のために、20キロほどの沢庵をつけて、水が上がる前に宅急便で埼玉の妹のうちに送った。妹も父の漬物を好きだったので、父は妹のために梅干しも樽でつけて、帰省したときに樽のまま持たせていた。

沢庵を漬けても、一本はなかなか食べきらない。でも、我が家の行事を再現したくなり、2束買ってきた。父のように、柿の皮なども取っておいてなかったので、塩と糠と少量の粗目砂糖をいれて足で踏み固めながら大根を平らにした。母は沢庵が大好きだから、漬かったら、みじん切りにして施設にもって行こうと思う。夢に妹が出てきたのは、私に発破をかけるためだったのだろうと思う。少しずつ、不要なことをしなくなると、生活が停滞していく。食べないものを作っても仕方ないかと思っていたが、母も喜んで食べてくれるし、東日本大震災で盛岡に避難して来た、いまや親しい先輩方も、私の沢庵を喜んで食べてくれる。たまに、この大根は「しないね~」と大根の評価をしながら味はいいと言ってくれる。少しずつそうやって誰かに喜ばれ、支えられて生きている自分を発見する。

良いことばかりの社会でもないが、せめて自分の関わる人達には安らぎと優しい思いやりを持ちたいと思うのだ。カウンセリングルームを開いているのも、誰かの不安や心配を一緒に考えて安心してもらいたいのが本音だ。情報が飛び交う公的機関の中では、個人情報とはいえ、文書にしてデジタル化して相談内容も残している。知られたくないことが文書で残っているのは怖ろしい。

干し大根は太くて柔らかそうなものを選んできた。暮れには食べられると思う。それまで母が元気でいてくれることを祈るばかりだ。

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